お茶会日記

ちょっと前に大学の友達とお茶会をした。

お気に入りの喫茶店でお茶を飲みながら談笑だ。

 

同じ政治学を勉強する学生なので、話したい話があう。身近な人に好きなことについて話せる人がいないので、これは貴重な時間だ。

 

 

政治学の中でも特に政治思想がお互い好きなので、平日の昼間からウェーバーマルクスニーチェ、色んなカタカナを連発していた。

 

ニーチェハイデガーみたいな近代後の政治思想の話になった時、ニヒリズムに陥った場合どうすればいいかということが問題になった。

 

彼は私と違って逆張りをせず誠意のある解答をしてくれる性格だ。

 

 

彼の答えを自分なりに前後の文脈を考慮して解釈してみた。

近代が終わって希望がなくなったとしても、今ある少しの光を信じて進むしかない。

そんな感じのことだったと思う。

 

 

確かに、彼らしい解答だと思った。

私だったらこんな答え方をしなかったかもしれない。

 

最近、お気持ち左翼なんて言葉をTwitterでみた。なんでも、感情とは無縁で合理主義の境地みたいに思われる左翼が感情的に批判するようになっているらしい。

 

これはもう当たり前のことなのかもしれないが、何をしても何を発言しても後から問題は出てくる。

 

合理主義や客観といったものが崩れ始めている気がした。結局真理なんてなくて、俺たちに希望なんてないじゃん。って思ってしまう。

 

でも、そういうときに彼の答えを思い出す。

よくよく考えると残酷なことだよな…と思った。