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上坂すみれさんについて

お久しぶりです。

 

今回は特に書くこともないので、今までの路線とは打って変わって声優の上坂すみれさんについて書こうと思います。

彼女に対しての知識はほぼないので、長々と内容0の文が続きます。

 

私自身、上坂すみれさんについてあまり詳しくないのですが、簡単なイメージを言うと「今人気の女性声優」ということです。

 

そこでなぜ人気なのかにフォーカスを当て考察してみることにしました。

 

 

1つ目、容姿が端麗

これは誰がみても明らかだと思います。

目はぱっちりとしていて、鼻筋が通っていてまるでフランス人形のような顔をしています。

更には豊満な胸をもっており、男性ファンはすぐに目に付くでしょう。

 

2つ目、性格

性格としましたが、その人の中身といった方が正確かもしれません。

まず、彼女は上智大学を卒業していて、秀才であることがわかります。知性のある女性は好感がもてますよね。

そして、ロシアが好きで歴史や文化にとても興味があるというところです。

歴史が好きな男性は多いでしょうからシンパシーを感じるのだと思います。自分の好きなものが好きな女性ってなんかドキッとしますよね。

 

最後に、声優という職業に就いているというところです。

上記2つはみなさんも感じていることでしょうからこのブログの本筋はここになります。

 

まず、彼女のファン層をみると当然ですがアニメ好きな若い男性が多いです。(女性ファンも一定数存在)

「ああこの声すきだな」「このかわいいこ声優なのか、アニメもみてみよう」

色んな入り口があると思いますが、いずれにせよアニメが関わってくるわけです。

 

人というのは異性の声に敏感だといいます。

いい声の異性についつい惹かれてしまいますよね。

 

ファンになる人たちは先述のとおりアニメを介して彼女の情報を受け取ります。

もちろん、声優という職でやっているわけですから異性を惹きつけるには十分の声をもっています。

それにプラスしてかわいらしいアニメキャラがその声を発するのですからその声に対する好感度は急上昇です。

 

異性を惹きつける重要な要素の一つである声はこれで最高得点を叩き出しました。

 

異性を惹きつける要素としてもう一つ、それは容姿です。

声優の容姿を知るにはTwitterやCDジャケット、特典映像、イベントなど限られています。

それらの情報を誰かが発信者として色んな人に送信し、広がっていきます。

TwitterやLINEなどで広がりやすいのは圧倒的に画像です。

動画は時間がかかったり保存しづらかったり送りづらいですよね。

 

公式画像というのは送り手が恣意的に選ぶことができますからより綺麗に写っているものが多いです。

 

つまり、

ファンになる人たちは声優にとって都合のいい綺麗な写真を見て容姿を判断するのです。

 

声優はそう考えると人気になりやすい職業なのかもしれません。

 

スキャンダルが横行しているテレビ業界ですからテレビに出ている俳優やアイドルは最初からあまりいい性格を予想されないですよね。「どうせお前腹黒いんだろ。」「どうせお前遊んでるんだろ。」という風に。

 

 

ただし、こんな夢のような職業ですから夢を壊せば必要以上にショックを与えます。

 

女性声優が恋愛歴があったとだけで炎上するのがいい例ですね。

 

 

話を戻すと、上坂すみれさんはただでさえ容姿端麗で中身も好感が持てるのに、声優であるという性質上とても人気が出ているということです。(こんなの当たり前ですね)

 

以上です。さようなら。

もう書けないことについて無理やり書くのは控えたいです。

 

 

 

 

 

「偏っている」は偏っている

ちょっと前に2017年になったかと思えば、もう1ヶ月も経ちました。

 

今年は昨年よりも様々なことに挑戦したいと思っています。

 

酉年だけに飛躍の年となるように……

コレ、使い古されてそうですね。

 

 

 

そういえば、少し前にアメリカではトランプ政権が発足しましたね。

 

みなさんも知っているとおり、過激な発言が多い何かと話題の人です。

 

支持者の中にはオルタナ右翼と呼ばれる新しい保守主義の人々がいます。

 

 

私たちは特定の性質やイデオロギー集団に対してよく命名します。そしてそのカテゴライズされ生まれた名前を好み、多用します。

 

オルタナ右翼もその一種ですね。

 

日本のインターネットにもネトウヨとかパヨクとかって目にすることがありますよね。

 

これは政治的なことに限りません。

 

リア充とかメンヘラとかも該当します。

 

これは当然のことだと思います。

人は言葉を使って思考するのですから、言葉をつけなければなにも考えられません。

語彙の少ない言語をもつ民族と語彙が多様な言語をもつ民族が2つ存在したとすれば、繁栄するのは後者でしょう。

 

 

 

そんな風潮の中でよく耳にするのが

 

 

「あいつは○○だから○○だよ。」

 

という言葉です。

 

例えば、

 

「あいつは韓国が嫌いだしネトウヨだよ。」

「あいつはデモなんかにいってるし左翼だから偏っているよ。」

 

といったことです。

 

 

 

でもそれは正しいのでしょうか?

デモに行くのは意見を示すため。それだけです。韓国が嫌いなのもなにかしら理由があるのかもしれません。

 

何にでもカテゴライズしてしまう人々は簡単に判断をしてしまいがちなのです。

それは問題の本質を見失ったり、人に間違った印象を持ってしまったりします。

 

安保法案に対するデモに行っている人だってアベノミクスには賛成している人もいるかもしれません。

 

 

そして、極端にカテゴライズされた人々は更に極端な見方をされます。

 

「あいつは左翼だから偏っている。」

「デモに行っている人なんて偏っている奴かプロ市民だ。」

 

なんていう風に自分と違うものを更に遠い存在にしてしまうのです。

 

 

自分を”中立”にして。

 

 

そもそも中立なんてものは存在し得ません。

 

 

原発問題を例にすると、

原発をどうするのが”中立”と言えるのでしょうか。稼働するのが中立?廃炉にするのが中立?

 

 

結局、中立など存在せず、意見がないことが中立とされているのです。

 

 

現代の社会の諸問題は複雑であり、解決には一つ一つの問題に対して柔軟な思考を持つことが要求されます。

 

 

 

意見を持っている人が偏っているという見方は、人々が確かな意見を持つことを億劫にさせているのではないでしょうか。

 

 

私たちは恐れず意見するべきです。

一人一人違う考えを持っているし、違う性質を持っている。

 

 

 

意見をしないことは中立ではない。

 

 

 

 

私たちはもう少し考えなければならないのかもしれません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あけましておめでとうございます

年が明けました。2017年というとまだ違和感が残っています。

 

 

1月9日は成人の日です。

 

日本では20歳以上が成人とみなされていますけれど、18歳以上という国の方が多いです。

 

高校時代にオーストラリアの留学生から聞いた放課後は友達とお酒を飲んで楽しむという話が印象的です。

 

日本も選挙権だけは満18歳以上に変わりましたし、飲酒や喫煙の年齢制限も引き下げられるのも時間の問題かもしれません。

 

 

ここで考えたいのがそもそも”成人”とはなんなのかということです。

 

精神や肉体が成長している人?満20歳以上の人?

 

年齢は先述したように、国によって差異があるためここでは考えないことにします。

 

では、心身共に成長しているとはなんなのか?これもまた定量化できない上に曖昧です。

 

ただ、一つだけ言えることは「子供ではない」ということです。

 

 

 

中学生から高校生の時に「もう子供じゃないんだから。」と目上の人に言われた記憶があると思います。

それに対して「まだ子供だし…」と思ったことがある人はたくさんいると思います。私もそうです。

 

 

 

大人になるということは「子供ではなくなる」ということであるため、子供であったらその人は子供です。20歳を過ぎても、何歳になってもそうです。

 

それは悪いことだとは思いません。

 

人は個によって違うのですから、考え方も生き方も違います。

 

でもある時から周りに大人になることを要求される。(そのある時はきっと誰しも同じくらいだと思います。)

 

 

こんな理不尽なことってありますか?なにも悪いことをせずに生きていても急に変われと要求される。

 

 

私は大人になったということは自らが一番わかっていると思います。当たり前のことかもしれませんが、自分のことは自分がわかっています。もちろん、自分という存在は他者からの視点によって成り立っているため、他者の視点なしに理解することはできるとは思えません。

ただ、最終的に決めるのは自分です。「20歳の誕生日が来たから大人になった」ではなく、「20歳の誕生日が来たが、自分は大人だろうか?」と確認することが大切だと思います。(20歳という年齢は日本の法律で定められていますから確認するきっかけにはちょうどいいと思います。)

大人になるとは時期や他者の言葉による外発的なものではなく、内発的なものです。

 

 

つまり、成人とは個人によって位置付けられ、形成されるものです。

 

 

 

これは当たり前かもしれませんが、”成人式”という催促が嫌いなため、反抗心で綴りました。(笑)

 

 

 

さようなら。

 

はじめに

まずはじめにどうして稿を起こすことになったかについて触れておきます。

 

 

こうやって自分の考えを人に伝えることは元々好きであったし、今は自由に物を考える時間にも恵まれているので、書きたいことが溜まってきたら文にしてまとめたいと思っていたからです。

 

 

Twitterでもできるのですが、140字に区切ってしまうと、話者が本来伝えたいこととは別の伝わり方をしてしまう危険性があるのでブログを開設することにしました。

 

 

まずは簡単な内容紹介をします。

いつも何気なく考えていることを中心に書きます。

書きたいと思っている分野は教育、政治、外国文化などの私が特に興味のある分野について書き進めていきます。

 

 

 

もちろん、文才がなく知識も拙いため、内容や文章表現に細かい誤りが生じることがあります。あらかじめ注意してご覧ください。

 

 

 

それでは、さようなら